2009/04/07

派遣前にこれだけはやっておきたい・考えておきたい

  昨日,JICA東京国際研修所で行われた「現職派遣教員特別研修」で体験談を発表しました。文部科学省の主催で,派遣法を適用されて現職身分のまま協力隊に参加する教員に対する特別な研修プログラムです。私自身も,3年前,二本松での研修前に2日間受講しました。

 そのときの経験から,講話やプレゼンテーションばかりでは退屈だし(2日目はスカイプなど実習があって面白いのですが),何よりもせっかく二本松と駒ヶ根に分かれる前の貴重な出会いの機会でもあるので,参加者の方々同士で話をしていただこうと,ワークショップ形式で行いました。

 当日の進行表はこんな感じです。

 

あいさつ

シミュレーション

3分

1分間スピーチ(自己紹介)

シミュレーション

5分

グルーピング「猛獣狩り」

シミュレーション

3分

ケース1「教材・用具がない」

ケーススタディ

7分

ケース2「仕事がない」

ケーススタディ

7分

ケース3「やる気がない」

ケーススタディ

7分

活動報告

プレゼンテーション

5分

派遣前チェック

ワーク

5分

心構え

2分

44分

1.あいさつ

l JICAジャケットの説明(訓練終了時にワッペンがもらえることなど)

l スワヒリ語でのあいさつ実習

Ham Jambo! → Hatu Jambo!

Habaro Gani? → Nzuri (SanaKidogoKabisa).

2.1分間スピーチ

l 英語で隣の人に自己紹介(1分間)

l 始める前にスワヒリ語で挨拶

l 1分後に役割交代

4.ケーススタディ「教材・用具がない」

l ワークシートに記入 →隣の人と意見交換

3.グルーピング「猛獣狩り」

l 「猛獣狩り」で4人組を作る

*3と4は都合により順番を入れ替えました。

5&6.ケーススタディ「仕事がない」「やる気がない」

l 4人組でいずれかのケースを選び,話し合う(5分間)

l 時間が押しているため,ケース1つだけを選択

7.活動報告

l 「要請書」以外の仕事に重点をおいて説明

8.派遣前チェック

l 派遣中の交流授業(交流計画,交流相手,交流方法)

l 赴任時の所持品(特にパソコン,周辺機器)

l 教材(スポーツ用品,日本文化紹介,楽器)

9.心構え

l 実体験(HIVポジティブのストリートチルドレンへの対応)をもとに「教師としての経験・実績・プライド」を捨てて「一人間として何ができるか,何を吸収するか」を課題としてあげる

 ケーススタディのワークシートはこんな感じです。

【1】こんな時,あなたならどうしますか?

 みなさんが派遣される国・学校の状況は日本とは大違い。ある程度の“覚悟”はされていると思いますが,それでも戸惑うことだらけ。もちろんいざ行ってしまえば何とかなりますし,経験を活かして立派に活動されることは間違いないと思いますが,「事前に分かっていれば準備できたのに」と思うことも多いもの。そこで,少しシミュレーションしてみましょう。

 赴任当初,はりきっていい授業をしようと教室にやって来ました。しかし,いざ授業を始めようとすると愕然とします。①生徒たちの多くが教科書を持っていません(何人かに一冊はありますが,全員に行き渡りません)。②プリントを作ろうにも印刷機がありません(コピー機は町に行けばあります)。③チョークや黒板消しも満足にありません(黒板はただの黒く塗った壁です)。

ケース1:教材・教具がない

こんな時,あなたならどうしますか?

こういう状況に備えて,どんな準備・用意をしますか?

同期の方はどんな準備・用意をしているでしょうか?

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l 予想される困難と準備・用意

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l 予想される困難と準備・用意

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l 予想される困難と準備・用意

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l 予想される困難と準備・用意

 要請書をもとに,赴任前にあれこれ思い描いていた赴任先での仕事。ところが,実際はその仕事はすでに別の人がやっていたり,ニーズがなくて廃止されていたりします。同僚たちからも「君は何をしに来たんだい?」といぶかしがられる始末。よくよく話を聞いてみると,現地事務所が要請をあげたのは2年前とのこと。「そりゃ~ニーズも変わっているよなぁ…」

ケース2:仕事がない

こんな時,あなたならどうしますか?

同期の方はどうすると言っていますか?

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

ケース3:やる気がない

 今日から新学期です。日本なら始業式があって,次の日から早速授業が始まるところですが,なんだか様子が変です。まず生徒が半分もいません。同僚に聞けば「授業料を取りに(自宅へ)帰っている」とのこと。「まあ2~3日もすれば帰ってくるだろう」とのことでしたが,結局何となく授業が始まったのは10日後のことでした。

 日本と同じようにきっちりと授業を終えて職員室に戻ってみると,先ほどの同僚がまだお茶を飲んでいました。「あれ授業は?」「今日は午後から役所に行かなければならないんだ」「それで授業は?」「明日ちゃんとやるさ」。そう言えば,教室をのぞくと半分くらいが自習です。そのくせナショナル・テストが近づくと,突然思い出したようにフルスピードで授業をし,「今年の生徒は本当に勉強しない」とぼやいています。授業は適当ですが,学期休みにはしっかりと補習をして小遣いを稼いでいます。

 校長に相談すると「君は本当によくやってくれているよ。君が来てから生徒たちの姿勢も変わってきた。みんなの手本としてこれからも頑張ってくれたまえ」と言われました。あなたは思わず「自分は何のためにこんなところまで来たんだろう」と思ってしまいました。

こんな時,あなたならどうしますか?

同期の方はどうすると言っていますか?

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

l 派遣国:(        ),職種:(          ),配属先(        )

l その人なら

 そして,「派遣前チェックシート」は以下のとおりです。実体験に基づいて,所持品や教材準備,交流授業の計画など具体的で実践的なものとなることをめざしました。

【2】派遣前にチェック!

 もうすでに赴任先での仕事についてあれこれ計画をされていることと思います。でも海外での長期滞在となると,何かと不安なもの。そこで,派遣前に自己チェックしてみましょう。

1. 配属先に持っていく教材・教具を用意している

2. 赴任地でのインターネット環境は分かっている

3. 日本のおもちゃや文化を紹介するものを用意している

4. 日本の勤務校から配属先への手紙・ビデオレターを用意している

5. 日本の勤務校から配属先へスポーツ用具などの支援がある

6. 日本の勤務校と配属先との交流授業を計画している

7. 勤務校以外の日本の学校と配属先との交流授業を計画している

8. 配属先から日本の勤務校へニュースレターを出す予定である

9. 日本から持っていくノートパソコンを用意している

l そのノートパソコンにはウェブカメラがついている

l そのノートパソコンは防塵・防振設計である

l そのノートパソコンはDVDを見ることができる

l そのノートパソコンにはFDドライブがついている

l そのノートパソコンにはウィルスソフトが入っている

l グローバル対応のACアダプタまたはコードを持っている

10. 日本から持っていく小型のビデオレコーダーを用意している

l そのビデオレコーダーには録音機能がある

l そのビデオレコーダーはSDメモリカードに記録ができる

l そのビデオレコーダーは100240V仕様である

l USBケーブルを使ってパソコンにデータを送ることができる

11. 日本から持っていく携帯電話はグローバル・ローミングである

12. 雷サージ保護機能を搭載した電源タップを持っている

13. 赴任地または赴任国で活動しているNGOを知っている

14. 赴任地または赴任国で活動している日本のNGOや日本人を知っている

15. 帰国後,日本の授業で活動を紹介したり報告したりする計画がある

16. ブログを開設している

17. SNSに入っており,日記を公開している

18. 携帯型の短波ラジオを持っている

19. 楽器を演奏できる,楽器を持っていく

20. 野菜の種を持っていく

     これらは私の経験に基づく,「あれば助かる」ものたちです。これ以外にも生活必需品(包丁,しゃもじ,ナイロンたわし,コーヒーサーバーなど)も考えておきましょう。ただし,あまりたくさん持っていくと,飛行機に乗る時に重量オーバーで追加料金を請求されるので,くれぐれもご注意を!

 45分という時間設定でしたので,少し詰め込みすぎだったかなぁ,と反省しています。ケーススタディは結局2つしかできなかったし,チェックリストも時間をとって双方向でやりたかったし…。でも,参加者が求めているリアルな情報をお届けできたかなぁ,と自負しています。

 ふり返りや参加者との交流ができればよかったのですが,新年度直前で,日帰り出張だったので,風のように現れ,熱く語り,風のように去っていく,謎のファシリテーターとなってしまいました。

2009/02/19

世界に飛び出せ神戸の先生

昨年(2008年)の11月,人権教育推進協議会という教員の研修会があり,そこで「協力隊の話をしてほしい」と依頼されました。

ただの活動報告では面白くないので,ワークショップ形式を取り入れ,ケニアとJOCVについて学校でも取り組めそうな内容にしました。

 まず,JOCVについて説明するため「青年海外協力隊検定」を作成し,参加者に取り組んでもらいました。

青年海外協力隊検定~現職教員版

*次の1~20の質問の答えを㋐~㋓より1つ選んでください。正解がない場合は,㋔と記入して下さい

1.          青年海外協力隊の英語での略語は次のうちどれ?

  ㋐ODA  ㋑JICA  ㋒JOCV  ㋓JBIC

2.          青年海外協力隊が発足したのはいつ?

  ㋐1955年(昭和30年)  ㋑1965年(昭和40年)  ㋒1975年(昭和50年)

  ㋓1985年(昭和60年)

3.          青年海外協力隊が手本としてものとは?

  ㋐韓国のKOICA  ㋑オランダのNOBIV  ㋒国連のUNV  ㋓アメリカのPEACECO

4.          青年海外協力隊に応募できる年齢は,次のうちどれ?

  ㋐20歳から59歳まで  ㋑18歳から59歳まで  ㋒18歳から39歳まで

  ㋓20歳から39歳まで

5.          青年海外協力隊の募集は年何回行われる?

  ㋐年1回  ㋑年2回  ㋒年3回  ㋓年4回

6.          次のうち派遣国でない国はどれ?

  ㋐ブルガリア  ㋑パプア=ニューギニア  ㋒中国  ㋓ガーナ

7.          現在の派遣国数は約何カ国?

  ㋐約75カ国  ㋑約100カ国  ㋒約125カ国  ㋓約150カ国

8.          要請職種は何種類くらいある?

  ㋐60種類  ㋑80種類  ㋒100種類  ㋓120種類

9.          次のうち2次選考の試験科目でないものはどれ?

  ㋐WEB試験  ㋑個人面接  ㋒語学試験(英語)  ㋓健康診断

10.   派遣前には訓練所での訓練があります。その訓練期間はどれくらい?

  ㋐35日間  ㋑55日間  ㋒65日間  ㋓75日間

11.   次のうち派遣前訓練の内容でないものはどれ?

  ㋐予防接種  ㋑語学訓練  ㋒体育  ㋓任国事情

12.   次のうちケニアへの派遣前訓練が行われる訓練所の場所は?

  ㋐長野県駒ヶ根市  ㋑福島県二本松市  ㋒東京都渋谷区広尾  ㋓神奈川県横浜市

13.   派遣期間は原則何年?(国内での研修期間を含まない)

  ㋐1年  ㋑1年9ヶ月  ㋒2年  ④3年

14.   派遣中の勤務の扱いは,次のうちどれ?

  ㋐派遣  ㋑有給休職  ㋒職免  ㋓研修

15.   神戸市の場合,派遣中の給与はどうなる?

  ㋐50%保障  ㋑70%保障  ㋒80%保障  ㋓100%保障

16.   次のうち派遣中に保障されないものは?

  ㋐住居費  ㋑往復渡航費  ㋒災害補償・共済制度  ㋓共済年金

17.   ケニアの場合,派遣中に支給される現地生活費は月何ドル?

  ㋐約200ドル  ㋑約400ドル  ㋒約600ドル  ㋓約800ドル

18.   派遣中に提出が求められる報告書は何回?

  ㋐3回  ㋑4回  ㋒5回  ㋓6回

19.   派遣中に認められている任国外旅行の日数は?

  ㋐10日  ㋑20日  ㋒30日  ㋓40

20.   派遣国を家族が一時訪問する際,渡航費用はいくら補助してくれる?

  ㋐10万円まで  ㋑20万円まで  ㋒50万円まで  ㋓本人負担2万円以外全額

ちなみに正解は次のとおりです。事前訓練期間など最近見直されたり変更されたりしたものもあり,けっこう難しかったようです。

1 ㋒

2 ㋑

3 ㋓

4 ㋓

5 ㋑

6 ㋐

7 ㋐

8 ㋓

9 ㋐

10 ㋒

11 ㋔

12 ㋑

13 ㋑

14 ㋐

15 ㋑

16 ㋓

17 ㋑

18 ㋒

19 ㋐

20 ㋓

当日は写真(スライドショー)を使って解説を加えました。

 次は,赴任国ケニアについて参加者が持っている情報やイメージを共有するためにグローバルビンゴの手法を取り入れた「ケニアと言えば…」を行いました。

みなさん上段の3つは比較的答えられたものの,中段・下段は苦労されていました。アフリカ一般,途上国一般というイメージは持っていても,ケニアと特定されると困ってしまうようでした。まさに,それこそが私が狙っていたことです。言葉や文化(映画や音楽など),特定の人といった身近な情報があると,急に親しみがわくものです。そういった【出会い】を授業の中で子どもたちにも味わわせてあげたい。そのためには,先生自身が自分の殻を破って積極的に世界に飛び出していってほしい(実際に海外に出かけられなくとも,特定の国の特定の個人とのつながりを持つことで,思い入れをもつことができる)というメッセージを発信して,ワークショップを終えました。

ケニアと言えば…

     次の9つのマスを埋めて下さい。自分で考えるのではなく,部屋の中をうろうろして出会った方に答えを聞いてください。ただし,1人1つしか答えることができません。

ケニアの自然・気候

ケニアのスポーツ

ケニアの都市

ケニアの民族・部族

ケニアの言葉

ケニアの産業

ケニアの有名人

ケニアの映画

ケニアと日本

2008/05/06

世界一大きな授業

4月23日(水)午後1時から「世界一大きな授業」をしました。以下,主催団体のホームページより引用です。

++++++ ここから引用 ++++++

「世界一大きな授業」とは世界中で何万人もの人が同時に同じ内容の授業をつける活動のことです。

この活動は「世界中の子どもに教育を」キャンペーンの活動として、世界中の子どもが学校に行けることを目指して世界中で行われます。世界合計で200万人を目標としており、達成されればギネスブックに掲載される予定です。

「世界中の子どもに教育を」キャンペーンでは、本年は「世界一大きな授業」と題し、4月23日(水)に世界の子どもたちが同時刻に同じ内容を一斉に学ぶという挑戦をします。(時差により世界に3つの時刻を設定。)

その趣旨は、世界の7,300万人の子どもたちが教育を受けていないことを知るとともに、だれもが教育を受けられるように、世界として取り組みを進めることにあります。目標の200万人参加が達成されれば、ギネスブックに登録されます。

教育協力NGOネットワーク(JNNE)   http://jnne.org/gce2008.html

++++++ 引用ここまで ++++++

 当日は5時間授業のあるとても忙しい日。その中で昼休みの1時から1時10分まで授業を行うハードスケジュールでした。対象は社会科学系の約160名の生徒たち。多目的ホールに集まった生徒たちを,まず私のいでたちで惹きつけます。

Img_7353_2 Img_7351

 わずか10分間の授業ですが,ケニアでの活動の中から感じたことを伝え,日本の高校生たちに夢や目標をもつこと,毎日を感謝の気持ちを持って精一杯生きることを考えてもらえたらと思い,授業をしました。

当日の授業のプレゼンはこちら。。

http://homepage3.nifty.com/globalcitizen/sekaiichi_kenya.htm

2008/03/01

ワークショップ「あなたも青年海外協力隊員」1

 以前より神戸YMCAを事務局に開催している開発教育の自主学習サークル「神戸開発教育研究会」。毎年,前期と後期にそれぞれ2~3回セミナーやワークショップを開催してきました。私も運営委員の一人として,15年以上関わってきました。

 今年2007年度の後期は「国際協力を考える」をテーマに,タイ(スタディツアー),ケニア(青年海外協力隊),ネパール(NGO)と,国・地域と協力形態を変えて連続ワークショップを開催しています。

2007年度「世界と教室と私をつなぐ」入門シリーズVol.2

「国際協力を考える」

日本と世界の距離はますます近く、敷居も低くなりました。そして貧困、平和、人権、多文化、環境などさまざまな課題が地球規模で問われています。

Vol.2では「国際協力」について学びます。さまざまな海外の現場を通して、何が問われ何が求められ、何が役に立ち何が役に立たないのか、参加者の皆さんといっしょに考えてゆきます。

あなたがファシリテーターをやるときに重要になってくる趣旨の押さえや進行の仕方などについても、双方向のやりとりを通して学び合うことを大切にします。

日 時

テーマとファシリテーター

内 容 紹 介

2/16(土)

15:00

~16:30

タイで国際協力を考えた

スタディーツアー企画者の目を通して~

藤原孝章さん

(同志社女子大学現代社会学部教授)

国際協力を学ぼうとするあなたは、まずスタディーツアーに参加するかも知れません。タイ・スタディーツアーを企画する藤原さんの導きで「国際協力の入口」であるツアーで何をどのように学ぶのか、参加の「キモ」を一緒に考えましょう。

2/27(水)

18:30

~20:00

ケニアで国際協力を考えた

海外協力隊員の目を通して

高野剛彦さん

(神戸市立六甲アイランド高校教諭)

海外協力隊員としてケニアで生活、現地の状況に取り組み、あるべき国際協力を模索した高野さん。それらをシュミレートするロールプレイ「あなたも協力隊員」を考案しました。浅いところから本質深くまで、共にしっかり考えてみましょう。

3/ 5(水)

18:30

~20:00

ネパールで国際協力を考えた

~国際協力のプロの目を通して~

藤野達也さん

(PHD協会総主事代行)

「国際協力」の歴史上の数々の失敗例また成功例から学びます。PHD協会が開発の援助を継続しているネパールの農村の情況を具体的に見つめつつ、どのような働きが求められているのか参加者自身も一緒に考えてゆきます。

※各回、研究会運営委員(下記)が交替でファシリテーターを担当します。

場 所 神戸YMCA三宮会館

対 象 NGO・教育関係者、学生 30名(先着順)

内 容 参加型の学びを体験し、実践のためのアイデアを出し合います。

参加費 1回:500円 *各回当日会場でお支払いください。

申 込 申込用紙(裏面)に必要事項をご記入の上、FAXまたはE-mailで「神戸YMCA国際・奉仕センター」までお申し込みください。

主 催 神戸開発教育研究会

    代 表:藤原孝章(同志社女子大学教授)

    運営委員:石川照子(県立西宮高等学校教諭)、高野剛彦(六甲アイランド高等学校教諭)、中尾秀一(難民事業本部関西支部支部長補佐)、藤野達也(PHD協会総主事代行)、山中信幸(柳学園中学校・高等学校教諭)

後 援 独立行政法人国際協力機構兵庫国際センター(JICA兵庫)*予定

事務局 神戸YMCA国際・奉仕センター(遠藤・小紫)

ワークショップ「あなたも青年海外協力隊員」2

 私が担当したのは第2回のケニア編。協力隊での経験を一般市民に還元する機会というのは,3万人を超える協力隊員の中でもわずかな人のみ。私にとっても,自分の経験を見つめなおす絶好の機会となりました。

国際協力を考える②

あなたも青年海外協力隊員 ~ケニアでの体験を通して~

 誰もが知っている青年海外協力隊。これまた誰もが知っているアフリカの国ケニア。そんなケニアで若い頃からの念願がかなって年齢制限ギリギリで参加することになった協力隊。しかし,そこには不思議や驚き,なんでやねん!が手ぐすねを引いて待ち受けていた…。

 今回のワークショップでは,私が体験し感じたことを,参加者の皆さんにも模擬体験していただき,そこから本シリーズのテーマである「国際協力」について考えるきっかけ・話題を提供しようと考えています。これまで旅行であちこちの途上国へ行ったことのある方,NGO等で実際に活動されたことのある方,そしてもちろん協力隊のOVや,これから協力隊への参加を考えている人も,少しご自分の経験を分かち合っていただければ,素敵な時間を共有できるはずです。

P.S.「特に何も経験ないよ」という方。心配ご無用!難しいことはしませんので,とにかく楽しんじゃって下さい。

★★ 本日のお品書き ★★

予定通りに進むかどうかは,皆さんの動きと私の気分次第。なんてったってケニアですから,ポレポレ(ゆっくりゆっくり)

ワーク1 あいのり  (約5分)

 そうです!若者に絶大な人気を誇るあの深夜番組(知らない人は知ってる人に予め聞いといてね!)ケニア編を見たという人もいるかも知れませんが,「ラブワゴン」の世界をあなたも一度体験してみましょう。

 *注:前編スワヒリ語です(って大見得きったはいいけど,不安です。ま,大目に見て下さい)

ワーク2 ケニアでビンゴ!  (約15分)

 開発教育の定番メニュー「グローバルビンゴ」のケニア版です。3×3のマスに「ケニアについて知ってること」を書いて,同じことを書いている人を探して歩くという単純なもの。ただし,今回はスワヒリ語とケニア風あいさつを絡めて,ちょっと面倒くさくしたところがミソ。あいさつの国・人情の国ケニアを,あなたも味わってみて下さい。

ワーク3 Let’s協力隊inケニア  (約40分)

 やっとメインのワークです。なかなか本題にたどり着かないもどかしさも,ケニアの特徴の一つなのです。お許しあれ。

  ここではまず,少し真面目に青年海外協力隊についてお勉強をします。「協力隊って何するの?」「どんな風に選考が行われるの?」「どんな職種があるの?」「訓練があるって聞いたけど…」「どうやって現地で活動・生活しているの?」などよくある質問について,さっと概観。

  そのあと,皆さんにも協力隊員としてケニアで活動していただきます!(もちろんシミュレーションですからご安心を!ちょっと残念だったりして…)

     【資料編】にある要請内容一覧から「これだったら自分にもできそう」「ここなら行ってみたい」というプロジェクトを選んでいただきます。

     選んだプロジェクトに関する「要請調査票」(実物です!)をお渡ししますので,2年間の任期中の「活動計画」を立案していただきます。

     グループでお互いの「活動計画」を発表します。もう気分はすっかり協力隊員!のはずです。不安なことや疑問・質問などいろいろ出てくるでしょうから,それを皆さんで共有したいと思います(通常の“ふり返り”に代えて)。

おまけ ケニアの片隅で

 ここまでで予定の時間は十分だと思いますが,もし万が一時間が余っちゃうようであれば,私の活動の様子をちょこっとパソコンでビデオ上映,というのも用意はしてあります。

*注:時間がない場合は割愛させていただきます。「どうしても見てみたい」という物好きな方(失礼)は個人的に申し出て下さい。YMCAが許せばワークショップ終了後にでもお見せできるかと…

それでは皆さん,Tu Furahisha!(楽しみましょう!)

 当日の参加者は10名。うち8名が将来国際協力分野での活躍を夢見る学生でした。ワークショップ終了後の「おまけビデオ」にもほとんどの方が残り,終了後も30分以上,いろいろと質問をぶつけてきてくれました。講師冥利に尽きます。やはり“実体験”に基づく話は説得力が違いますものね。

2007/11/04

改めて活動をふり返る4

7. アフリカでの生活で、何か学んだこと、自分を変えたことはありますか。

 ここまでにたくさん書いてきたように,一言では語れないほど色々なことを学びました。先に書いたように,私は学生時代から20年以上も国際理解教育や開発教育に携わり,発展途上国や南北問題について人に語ってきたのですが,実際に自分がケニアで活動してみて,何と無知であったか,分かったふりをしていたか,改めて気づきました(まるでソクラテスのようですね)。私がここに書いた事柄にしても,それは私のたった一年間の経験を通して感じたり考えたりしたことに過ぎません。ケニアやケニア人は,もっと複雑で多様でしたたかです。実体験に基づく話はインパクトがあり,思わず信じてしまう説得力を持つものですが,常に一歩ひいて冷静に見る眼も持っていなければなりません。と同時に,自分の目で確かめてみること,自分が確信したことはやり抜く行動力を持つことも重要です。

私がケニアで出会ったのは,社会からも家族からも見捨てられた子どもたちです。そんな彼らの多くが,絶望的な状況の中,明日を夢見て勉強している姿に,私は教育の原点を見た思いがしました。そして日本にも,彼らほどではないにせよ,虐げられ自分に自信をなくした子どもたちが大勢いることに想いを馳せ,「ケニアでの経験を今度は日本で活かしたい」と考えるようになりました。

最後になりましたが,ケニア赴任中,私はほぼ毎日日本の家族と連絡を取り,それが私の心の支えでした。離れている方が,かえって息子とはよく話をしたように思います。これまで仕事中心の生活で,子どもたちにあまり父親らしいことをしてこなかったことを反省し,帰国後は積極的に子どもとの時間と会話を持つようにしています。

改めて活動をふり返る3

5. ケニアでのボランティア活動は大変だと思いますが、その中でも一番辛いこと、そして楽しかったこと、はなんですか。

 一番辛いのは,家族と離れること。青年海外協力隊員は単身赴任しか認められていません。2年間の任期中は,よほど特別な理由がない限り一時帰国も認められていません。ただし,今では世界中に携帯電話が普及しており,ケニアでも隊員は全て携帯が通じるエリアに赴任しているので,隊員間の連絡はもちろん,国際通話で日本の家族ともいつでも連絡を取り合えます。

楽しかったことは無数にあります。まず日本と違ってケニアでは自分の自由に使える時間がたくさんあります。私のように学校に派遣されている隊員の場合,週末に加えて学期ごとに1~2ヶ月もの休みがあります(ケニアは1月が新年度で3学期制をとっています)。この間は旅行三昧です。有名なサファリツアーやインド洋沿岸のリゾート地に行ったり,現地事務所の許可があれば任国外旅行(行ける国は限られています)だってできます。私もタンザニアでクリスマス・ホリデーを過ごしました。

ナイロビにある隊員連絡所(通称ドミトリー)での隊員どうしの交流も楽しみの一つ。年齢も職業も全く異なる人たちとケニアという“地の果て”で出会うなんて,奇跡としか言えません。「カカメガにサッカー王国を作る」「梅の街道を作る」など,彼らのギラギラした夢(野望といった方が適切かも知れません)を聞いているだけで楽しいものです。隊員どうし,特に同期の絆は驚くほど強く,帰国後も続いていく人が大勢います。

もちろんケニア人との交流も忘れられません。裏切られたり,衝突したり,なかなか理解してくれなかったり,辛いことの方がはるかに多いのですが,それをお互いに乗り越えて一つの仕事をするというのは,そのこと自体で十分楽しいことです。その中で,個人的に信頼できる関係を結ぶことのできた人もいました。そのことが帰国後の今も,ケニアにかかわり続けていきたいという自分のモチベーションになっています。

6. 発展途上国でのボランティア活動をした中で、先進国日本の人々に伝えたいことはありますか。

私たちは発展途上国,特にアフリカ諸国に対して大変狭く誤ったステレオタイプを持っています。アフリカの国と言えば「暑い」「貧しい」が2大イメージでしょう。でも実際にケニアに来たら,まず驚くのは素晴らしい気候と驚くほど発展した都市の姿です。

ケニアの気候は雨季と乾季しかなく,気温はほぼ一年中日本の5月(春)と10月(秋)のような快適な気候です(ただし,これは中央高地の場合で,インド洋沿岸は湿潤,東北部は乾燥地帯です)。クーラーも暖房も要りません。

また首都のナイロビは東アフリカ一の大都会で,人口300万人以上,高層ビルが立ち並び,足早に行き交う人々は先進国の都市でよく見られる風景です。慢性的な交通渋滞で大気汚染は深刻です。ホールセールスを行う大きなスーパーやお洒落なレストランにアウトレット・モール,いくつものスクリーンを持つ映画館やボーリング場,ディスコ,カジノなどの社交場。何と赤道直下なのにスケート場まであります。上でも書いたように,携帯電話もかなり普及していて,“お金さえ出せば”先進国と変わらない生活ができます。

その一方でナイロビには,アフリカ最大のキベラスラムもあります。ここには,貧困に苦しみ一日1ドル以下で生活する人々が80万人もいます。実はこのキベラスラムは,ンゴング・ヒルズという高級住宅街のすぐ隣に広がっています。このようにケニアは極端な繁栄と極端な貧困が共存する国なのです。

でも程度の差こそあれ,繁栄と貧困が共存するのは日本など先進国でも同じこと。最近では,日本でも低所得者と高所得者の経済格差はどんどん拡大しています。ただ普通に暮らしていると,そんな格差に気づかない,見えていないだけなのです。ケニアの場合,格差が発展の阻害要因ともなっているので否応なく対応を迫られていますが,私たちはどうでしょうか? 実は周りにも様々な格差があり,それで困っている人が大勢いるのに,気づいていないだけなのではないでしょうか?(それとも,わざと見えないふりをしている?)

「ケニア」と聞くと遠くの国のことで自分たちと関係ないと思いがちですが,そこで起こっている問題は自分たちの周りでも起こっていることなのです。そうした足元のちょっとしたことに目を向け行動していくことが,結局は世界の大きな問題の解決にもつながっていくのだ(よく言われる“Think globally, act locally”ですね)ということを,私はこれからも日本の高校生に伝えていきたいと思っています。

改めて活動をふり返る2

3. ケニアでは具体的にどのような活動をしていましたか。

  私が配属されたのはケニア中央高地,ケニア山の麓のオザヤという街にある少年更正院でした。少年更正院はケニア国内に11箇所あり,ストリートチルドレンや孤児など何らかの理由から親元で生活できなくなった子どもたちを収容し,教育と必要な保護を与え更正させる施設です。

  私はそこで体育(Physical Education)の授業を教える傍ら,「日本語クラブ」「野菜クラブ」「新聞クラブ」の3つのクラブ活動を指導していました。それまで生徒たちは,放課後の時間帯を広場でサッカーに興じたり何となく遊んで過ごしていましたが,もっと有意義に過ごさせるための方策を考え実施することが私のミッションでした。

  この本来の要請内容に加え,私は現職教員としての経験を活かし「心の問題を持つ生徒へのカウンセリング」を実施したり,中等学校へ進学するために必要な学費を援助する奨学金組織=KESTESの役員等をしていました。ただ任期途中で帰国することになったため,いずれも活動が緒についたばかりだったのが心残りです。

4. ケニアの人々と接する中で、どんなことを感じましたか。

海外で生活すると,相反する2つのことを感じます。一つは,国や民族が違っても人間のすること・社会は一緒であるということ。学校等はその典型です。制服や校則があることはもちろん,月曜日と金曜日の朝にある全校朝礼や,毎朝行われるスタッフ・ミーティング,黒板が前にあってチョークで必要事項を書いて説明するスタイルなど,日本と全く同じです。また音楽やファッション等も多少の違いはありますが,アメリカでも日本でもケニアでも若者文化は驚くほど似ています。

一方,日本との違いを痛感することもしばしばです。一番大きいのが時間の感覚の違い。約束の時間に1時間以上遅れること等日常茶飯事。公共交通機関でさえ,まともに時間通り運行すること等あり得ません(唯一,飛行機だけはほぼ正確に飛びます)。学校の授業も先生が来ずに自習になることがよくあります。そもそも1週間のうち半分出勤していればいい方ですし,出勤はしていても遅刻したり午前中でいなくなったり,とにかく“真面目な”日本人からは考えられないことです。

もう一つ,治安も大きく違います。青年海外協力隊員は,できるだけ現地の人と同じレベルの生活をするように現地生活費も抑えられている(赴任国によって異なり,ケニアの場合1ヶ月430ドルです)のですが,それでも任国で接する低所得層の人たちにとっては,妬ましいようです。そもそも黒人ばかりの街では日本人も「Mzung(スワヒリ語で“白人”のこと)」ですから,常に好奇の目で見られているのです。家に泥棒に入られたり等,直接の被害にあった隊員は少ないですが,ミニバスの中でスリにあったり,同僚やカウンターパートからお金をせびられるということは,よくあります。

悪いことばかりではありません。日本ではとっくに失われた“人間の絆の深さ”がケニアにはまだまだ残っています。私が特にすばらしいと感じたのは,年上を敬うこと(スワヒリ語でMzeeと言いますが,単に年寄りを指すのではなく,知恵のある者という意味を含みます。年上に対しては挨拶まで異なります)と,助け合いの精神(スワヒリ語でHarambeeと言って,病気や冠婚葬祭,進学など急にお金が必要になった時には,家族・知人・友人が募金活動を組織してくれます。自分の全然知らない人のハランベーでも募金はめったに断りません)です。

改めて活動をふり返る1

 アメリカ在住の友人(現地で高校教師をしています)が,「協力隊やケニアでの活動について質問したい」と生徒が言っているとのことで,アンケートを送ってきました。最初は面倒だなと思っていましたが,答えることで活動について改めてふり返ることができ,いい機会になりました。

1. 海外青年協力隊に参加しようと思ったのは何故ですか。

 ①若い時からの夢でした。教師になったのも,途上国の人々との交流を通して自分たちの生活や生き方を見つめ直す教育(開発教育)を実践したかったからです。

 ②結婚したり子どもができたりして,なかなか夢を実現できないまま,ふと気がつくと40歳手前になっていました。青年海外協力隊は満20歳から40歳までと年齢制限があるので,ぎりぎりでした。ここで応募しないと後悔すると思い,決断しました。

  注)40歳から65歳まではシニアボランティアがあるのですが,学校教員は参加できません。法律で青年海外協力隊員のみ派遣が許されています。

2. 青年隊に参加するのは、年齢的にも、生活面でも、いろいろと大変だと聴きますが、日本に帰国した後の生活は保障されますか。また、ケニアに渡る前は何か別のボランティア活動をしていましたか。

 ①私の場合,上でも触れましたが一般の参加ではなく「現職教員特別参加制度」による参加です。応募できる職種は限られますが,一次試験を免除(代わりに都道府県教育委員会による選考),派遣中は研修扱いとなり給料も保障(全額ではありません。神戸市の場合,条例で7割と決まっています),通常2年3ヶ月(現地で丸2年)のところ派遣前研修を含めて2年間(3月末に帰国し,4月からの新年度に間に合うように)など,数々の優遇がなされています。

  注)この制度が利用できるのは,公立学校の教員(地方公務員と国家公務員)だけです。また協力隊員の募集は年4回行われていますが,この制度を利用できるのは春募集(1次隊)に限られます。

 ②これに対し,それ以外で参加されている隊員(教員でも「現職教員特別参加制度」以外で参加している人もいます)の場合は,何の保障もありません。日本でも最近は大学院進学のための休職やボランティア休暇制度を整える企業が増えてきてはいますが,2年以上もの派遣を許してくれるところは,残念ながらまだまだごく少数です。したがって前職のある隊員は,多くが退職参加です。帰国後は,自分で求職活動をしなければなりません。しかも,多くの企業では青年海外協力隊員としての途上国での経験をプラスに評価してはくれません。「和を乱す自分勝手な奴」と思われてしまいます。ですから帰国後再就職しても協力隊経験を活かすどころか隠している人も大勢います。

  注)協力隊を派遣しているJICA(国際協力機構)でもこの問題は深刻に捉えていて,最近では帰国時の研修を強化したり再就職を斡旋するアドバイザーを各都道府県においたりしていますが,まだ十分とは言えません。

 ③実はケニアに行ったのは2回目です。協力隊員として派遣される10年前(1996年),JICAの「高校教師海外研修」に選ばれ,夏休み中に10日間ほどケニアとタンザニアで活動する協力隊員や専門家のプロジェクト・サイトを回りました。この時はよもや自分がもう一度協力隊員として来ることになろうとは思いもしなかったのですが,諺にあるとおり「アフリカの水を飲んだ者はアフリカに帰ってくる」のかも知れません。

   この「高校教師海外研修」以外にも,1995年には神戸YMCAの「アジア・アフリカ大好き先生」に選ばれてタイ北部での2週間のワークキャンプに参加したり(タイYMCAの若者たちと共に山岳少数民族の手工芸品を売るクラフトショップを建てました),1999年と2005年にはイギリスのヨーク大学で行われた「グローバル教育セミナー」に参加したりしました。また神戸を中心に活動しているNGOや国際協力団体(アジア福祉教育財団・難民事業本部や神戸YMCAJICA兵庫)と国際理解教育に関心を持ち実践している教員たちで「神戸開発教育研究会」を1991年に立ち上げ,2ヶ月に1度のペースで15年以上セミナーやワークショップを開催しています。

2007/03/10

オザヤ更正院での最後の一日

 いよいよオザヤでの最後の一日となりました。前日からカカメガにいる同期隊員も来てくれて,一緒に一日帯同してくれることになりました。専属カメラマンです。

Morning_assembly_09032007  この日は金曜日なので,全校朝礼(Morning Assembly)の日です。いつものように,スカウトの行進から始まり,国旗掲揚,聖歌隊の歌とお祈り(この日はプロテスタントでした),先生たちのお話と続きます。

To_the_ground  9時40分からは最後の授業です。金曜日は2年生と4年生の2クラス。「最後の授業だし,お客さんも来てくれているから,サッカーをしよう!」というと,歓声をあげながらグランドへと飛び出していきました。

Regular_stretching  いつものようにグランドを1週ジョギングした後,整列・点呼し,ストレッチングです。今日はいつもよりも大きな声で元気一杯です。それもそのはず,お客さん(同期隊員)に加え,周りにはスポーツ大会に参加する他校の生徒たちが早くも集まってきていて,その視線にさらされながらなのですから。自意識過剰な彼らは,ヒーローにでもなったような気分なんですね。

After_lesson2  たくさんの観客に囲まれながらサッカーが始まりました。私はキーパー。私のチームの方がどうも強かったようで,ほとんどキーパーにはボールは回ってきません。そのうち退屈になって,前線まで攻撃参加していきました。子ども達は私が必死でボールを追いかけているのを見て,大はしゃぎです。

 授業が終わって,子供たちと一緒に記念撮影をしました。

 職員室(Teachers' Room)に戻って,いつものようにお茶(チャイ)をして,同僚教員に荷物を引き渡した後(私の持ち物はほとんどケニア人同僚が買ってくれました。もちろん,格安プライスですが),お昼までの時間を使ってオザヤのタウンへ出かけました。

Othaya_soko  これまでよく利用した店やお世話になった人達に,お礼と帰国のあいさつ回りをしました。まずは,毎日のように利用したSoko(市場)です。できるだけ同じ店を使って仲良くなることで,値段もまけてくれますし,おまけもしてくれます。

Kanyange2_sm  次は,オザヤに2軒あるスーパーマーケット(もどき)「カニャンゲ2 スーパーマーケット」です。オザヤの店は,野菜など生鮮食料品を売るSoko(市場)と日用品を売るKiosk(雑貨店)がほとんどです。Kioskは店の外から並んでいる商品を見て,「あれちょうだい」という感じで商品を指定して買うのですが,スーパーマーケットは日本のように店の中で自分で商品を選び,レジへ持っていって精算します。もっとも,オザヤのスーパーマーケットは,日本で言えば田舎の雑貨屋かスーパー程度で,日用品がいちおう一通りは揃いますが,品数は非常に少ないです。そこで私は(地元オザヤの人達も)週に一度はニエリやナイロビなど大きな街へ出かけて行き,そこで肉や米などの買い物を済ませていました。

Post_master Othaya_matatu_stage1  タウンの中心地へと向かい,郵便局とマタツステージにも足を運びました。郵便局長はあいにく不在でしたが,副局長が快く出迎えてくれました。マタツステージでは,一番よく利用したオザヤ~ニエリ間のマタツ前で写真を撮りました。オザヤのドル箱路線で,15~30分おきに頻発しています。また2社が運行していて,いつも客の奪い合いで喧騒に包まれています。片方だけ写真を撮るのは悪いので,両者のマタツ前で撮りました。すぐに地元のジョブレス(仕事がなく一日中マタツステージでうろうろしている人達。仕事は空いているマタツに乗り込んで他の客を乗りやすくする,いわゆる“サクラ”)達が集まってきて,「俺も撮ってくれ」と大騒ぎになりました。

Fundi_muzee  最後に街の職人たち(Fundi)への挨拶回りです。一番よくしてくれたのが,学校出入りの業者Fundi Mainaと,金物細工の棟梁Fundi Mzeeです。中でもFundi Mzeeは,街で会うたびに「ソーダを飲んで行け」と言って近くの店でソーダをご馳走してくれました。彼は街の人々からも一目置かれていて,彼と親しくすることで,街の人々も私を認めてくれた気がしています。

Choir2  こうして一通り挨拶回りを終えて学校へ戻ると,ちょうど「お別れ会」の時間となりました。初めに聖歌隊(Choir)の子ども達による歌と踊りのパフォーマンスです。真昼間の屋外の強烈な日差しの中,汗びっしょりになりながら私のために歌い,踊ってくれました。途中,私の名前を呼んで踊りの輪に参加させるサプライズもあったりして,楽しいひと時でした。

Farewell_party1  その後,会場である図書館へ移動しました。ひな壇が設けられていて,私の席の後ろには「Welcome TAKANO san!」(帰るのに何でウェルカム?)と書かれたボードが貼られています。また,色とりどりのモールも飾り付けられていて,びっくりしました。

Farewell_party2 Farewell_party3  先生方やマネージャーからねぎらいと惜別の言葉が続いた後,皆さんがお金を出し合って買ってくれたプレゼントが渡されました。中には,アフリカの動物たちをかたどった木彫りが5体入っていました。先日ナイロビでコーヒーやTシャツは買いましたが,木彫りは買っていなかったので,ちょうどいいお土産となりました。

Farewell_party5  お返しに,日本から持ってきた日本グッズを全員に分け与えました。男性教員には暖簾,女性教員には扇子,マネージャーには浴衣生地の作務衣,そして教頭(Deputy)には“百忍大和”と書かれた掛け軸をプレゼントしました。意味を問われて,英語では「If you have hundred patience, everything will be peaceful.」と答えました。「Of course, in your house, you have to have hundred patience with your spouse.」と言うと,みんな大笑いでした。

Farewell_party10  こうして和やかに「お別れ会」(Farewell Party)は進んでいきました。ただ,私には残念なことが一つありました。子ども達が参加させてもらえなかったことです。私はてっきり子ども達も参加するものと思って,前日の最後の「日本語クラブ」で「蛍の光」の練習をし,「スポーツ章テスト」の各種目チャンピオンに渡す賞状を用意していたのに,肩透かしを食らったようでした。仕方がないので,会がお開きになった後(ケニアでは「これでお別れ会を終了します」というようなのはなく,食べ終わった人から三々五々主賓=私に挨拶して出て行きます),子どもたちを集めて,日本から持ってきたビー玉をプレゼントした後,キャプテンのケネス・ワチラ君に賞状を託しました。

 これで私のオザヤ更正院での活動は全て終了です。日本で長年教員をしてきた経験からすると,実にあっさりとした幕切れでした。考えてみれば,学期の始まりや終わりもあっさりしていますし,生徒の出入り(リリースやインテーク)も何の儀式もなしです。卒業式を除いては,これがケニア式なのかも知れません。(それとも更正院だけ?)

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